退職→地震

2月いっぱいでサラリーマンとしての活動を終えた。

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3月からは一応、フリーでやっていくということになったわけだ。
細々とやってきた副業をベースに、コーヒー関係で誰かの役に立ってお金を稼ぐということになったわけ。
いろいろと企画というかアイデアがあって、さあこれからどんどん形にしていきましょう、というところに、3月11日の地震があった。
揺れた。すごい勢いで揺れた。後で知ったのだが、歴史上、世界でも何番目かの大地震だったそうだ。・・・と書いてる今も余震で電灯がゆらゆら揺れ始めた。
屋根から瓦が落ちる、壁が崩れ落ちる、地面が割れる、映画じゃなく実際に目の当たりにすると、かなり凹む。もうだめかもしれんね、などと普通に思うもんだ。
現実には、僕がいた地区(茨城県南)の被害は、津波に襲われた被災中心部に比べるとそれほど深刻なものでは無かった。家財道具などもとりあえず無事、水が出ないなど生活が不便なことと、スーパーからモノが無くなったこと、ガソリンが無いことを除けば、生活は1週間程度で一応の安定状態になったと思う。
しかしながら、ひとつ問題がある。
地震の規模や被害状況がtwitterなどweb上である程度正確にわかり始めたところで、すぐに気がついた。
僕にとって、とても大きな問題があることに。
僕の仕事、つまるところ生活していく原資だ。
日本に蔓延する「自粛ムード」どころの騒ぎじゃない。僕のクライアント自体が茨城県南であるため、そもそも元の生活まで立て直し、被害にあった分を取り戻さないと、外注に払う分など出てこないというところが多いだろう。そしてそのクライアントがビジネスをしている茨城県南自体が被災地なのだ。未だ水が来ていないところがある。しばらく消費が激減するのは目に見えている。僕のクライアントのビジネスが元の水準まで戻るのはいつの話なのか。
皆、辛い状況である。そして僕も辛い状況である。
どうしたら良いのだろうか。何をしたら良いのだろうか。
クライアントの店舗の片付けをしながら考えた。
「やれることをやろう。いよいよ食えなくなるというところまでは、やれることをひとつずつやろう」

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地震が来てからこっち、なにかのスイッチが入ったようでガムシャラに走り続けてきた気がする。
地震の後、10日間、いったい僕が何をしてきたのか、何ができたのかを、次の記事からいくつか、備忘録をかねて書いてみようと思う。


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