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焙煎機が空を飛ぶ?(焙煎と航空力学について)

ボーイング社の技術者から焙煎機メーカーへ

SSE本所本店の奥のほうにあるピンク色のニクいヤツ、ディードリッヒ社というアメリカ製の焙煎機であるが、その創始者であるディードリッヒ氏はボーイング社に勤務していた技術者で、その経験を焙煎機の製造に存分に生かしているのだそうだ。

という話はマクラであり本題と関係あるような無いような・・・

プロペラが空気の薄いところを苦手とするわけ

プロペラ飛行機というのは、あんまり高いところは苦手である。それは、高度が上がるにつれ空気の密度が減り、プロペラの効率が悪くなるからだ。どういうことかというと、プロペラが一回転して掻ける空気の容積は一定なのだが、密度が低くなれば相対的に空気の量は減ってしまうから、効率が悪くなるということだ。

ヘリコプターも、あんまり高いところには行けないのだが、それは、同じ出力(プロペラの回転数)でずーっと上昇していくと、どんどん上昇速度が落ちていってしまうからで、これも大気圧が減り、空気が薄くなるのでプロペラを回しても機体を持ち上げるだけの揚力を得られないからである。

というわけで、プロペラ機やヘリコプターというのは、構造上空気の薄いところは苦手なのである。

焙煎機も空気が薄くなると困る?

焙煎機ば空を飛ぶわけでもなかろうにプロペラ機やヘリコプターとなんの関係があるのか、と思われるだろうが、実は焙煎機にはプロペラではないが似たような装置が付いているのだ。それは、そう、排気ファンである。
排気ファンは、形こそ少し違うものの、空気を羽根状のものでかきまわして空気を一方方向に流すということでは同じものである。
プロペラ機と焙煎機が違うところはたくさんあるけれども、ちょっとだけ共通点もある。そのひとつが、本体が動作している最中かきまわす空気の密度が連続して変化するということだ。前述の通り、プロペラ機は空を飛ぶので高度が上がるほど空気の密度が低くなる。焙煎機はというと、空こそ飛べないものの、焙煎機自身が空気を温めているので同じような状況になってくるわけだ。
プロペラ機が高度の上昇に応じてプロペラの効率が悪くなるのと同じように、焙煎機では焙煎機内の気温の上昇に応じて排気ファンの効率が悪くなってしまっているのである。はた目にはちょっと気が付かないけれども。

排気ファンの効率はどのくらい落ちているのか

高度0m(つまり地表)で気温15度のとき、空気の密度は1.2249kg/m^3である。密度の単位はまあどうでもいいので1.2249と見といてください。で、特殊な機体でない限り、プロペラ機の常用高度は5000mくらいなので、その場合の空気の密度を計算すると、0.7360となる。密度はなんと40%も減ってしまうのだ。そりゃあ効率も悪くなるよね。
という数字を踏まえて、排気ファンの場合を見てみよう。焙煎機の場合は高度が変わらないので、空気が熱せられて膨張した分だけ密度が薄くなるわけで、そんなに劇的な差が出ることはないと思うのだが、実際計算したらどうだろうか。
焙煎機が動作しているときに最も温度が低くなるのは、生豆を投入した後にいったん焙煎機内の温度が下がるポイント(焙煎用語でいわゆる「中点」)だろう。焙煎機にもよるし条件によっても異なるので一概に何度と言えないが、まあキリのいいところでフローしている空気の温度は150度としておこう。そして焙煎機内の空気の温度、これがちょっと計るのは難しいのだが、これは300度としておこう(段落末に数字を推定した根拠を記載してあります)。この条件で計算すると、150度の状態で密度は0.9618、そして焙煎最高潮の300度の状態では0.8481となった。差し引き12%、密度が下がっていることになる。
たかが12%、されど12%。同じように動作している排気ファンであるが、もっとも効率が良いところと、もっとも効率が悪くなるところでは12%の性能差となってしまうわけだ。これは、焙煎に対して大きな影響を及ぼすのではなかろうか。

※焙煎機内の気温について(面倒な人は読み飛ばしてください)
焙煎機内の気温そのものを計る温度計というのは、ほとんどの焙煎機で備わっていないと思う。しかし焙煎機内の豆の温度を計る目的の温度計が付いているので、それが拾う温度をもとに、焙煎機内の気温を推定する。中点は通常100度を割り込むと思うが(今回は80度という設定にする)、これは投入された豆が室温であり、それによって急激に温度計のセンサー部が冷やされるためである。このとき、豆の温度が20度だとして、もともと投入前の気温が180度だとすると、中点が来たときに豆の温度が80度もないのは触ってわかるので(せいぜい30度か40度だ)、フローしている空気の温度はそれより高いはずである。なぜならば、センサーは豆とフローしている空気の両方に接しているからである。そこで、フローしてる空気温度はセンサー表示温度よりも高く、しかし冷たい豆により温度は下げられてしまっているわけだから150度くらいであろうと推定する。また、焙煎時最高温度になるところの気温であるが、これも同じように焙煎機内の空気は常に豆よりも高い温度なので(でないと豆が焼けない)、その理屈と市販の熱風調理器具の温度(食材を焦がすことができる熱風の温度)も参考にして300度と推定した。

ニュートラルって「何」がニュートラルになっている状態?

焙煎用語でニュートラルっていうのがあるんだけど、排気ファンが「焙煎機の中の気圧を外気圧と同じにするように空気を流している状態」と考えてもらえばいいんだけど、それって本当に「ニュートラル」なのだろうか?
気温が違って気圧が同じということは、空気の密度が違うということである。密度が違えば、空気そのものの量が違うということで、どっちを重視するかでニュートラルにしたいモノが違うということになる。中と外で同じ体積の空気は密度の差分だけ量が違うので、ただ気圧だけが揃っているというのは何か正確さに欠ける気がするし、もし焙煎の最初から最後までニュートラルな状態が続くとしたらそれは連続して条件が変わってしまっているということになる。
ニュートラルに調整していなくとも、ちょっと引くようにとか調整してても同じことである。ちょっと引くというのはニュートラルよりちょっと引くわけで、やっぱり基準はニュートラルにしてしまっているわけである。

排気は十分か

同じような意味合いで、上下12%の空気密度の差があるということは、ファンの効率が12%下がるということなので、本来は出力を12%あげてあげないと帳尻が合わないのだけれどももちろんそんな機能はついておらず、ただ密度の低下にあわせる形でファンの相対的な性能が落ちるのを黙って見ているしかない、という悲しい状況になってしまっているわけであるが、それではその分だけダンパーを開ければいいのだろうか。
これは「違うのではないか」というのが僕の見解である。ひとつの理由には、空気には重さがあるということである。当然、重さがあるものには慣性の法則が成り立つ。軽いものを動かしてもすぐに停まってしまうが、重いものを同じだけ動かしたらなかなか停まらない。もちろん空気にも同じことが言えるので、密度の下がった軽い空気は、いったん動き出しても慣性の法則が効きにくく、すぐに減速しようとする。もうひとつの理由には煙突効果がある。高温になり密度の下がった空気は煙突の中から吸い出されようとして浮力が生じる(あたためられた空気は上昇するので煙突内で排気は加速する、というような説明は誤り)。これらの要素と、ほかにもさまざまな要素が複雑に絡み合って、ダンパーをどの程度開ければ密度でロスしている効率を取り戻せるかはとんとわからない。

まとめ

空気の密度が下がること、その結果ファンの効率そのものが落ちること、これは明白な事実であると考えて良いだろう。焙煎機や焙煎そのものについて、このことに関して分析したデータなどはちょっと見つからなかったのだが、古くから航空力学などで検証されていることを考えれば、納得できることである。ただし、それがどのように焙煎機や焙煎そのものに適用できるかは、ほかの要素もたくさんあるので、まだよくわからず、ほとんどの焙煎人は経験則などで処理しているということであろうと思う。
それこそ航空力学などで、ファンの効率とかなんとかいうような問題は完全にクリアになっていると思われるので、空気の密度というところまで考えて空気のフローを調整してみると、焙煎というものの設計や実行に、より高い精度を出せるのではないのかなと思う次第である。

おまけ

冒頭でも書いたが、SSEでも使用している、アメリカでシェアNo.1だという、ボーイング社の技術者であったディードリッヒ氏が航空力学を駆使して設計した焙煎機には、空気の流る量を調整する「ダンパー」は付いていない。なんだそりゃ。


Published in 未分類 焙煎

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