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焙煎しているときに何を考えているの?

ツイッターで、フォロワーさんがこんな疑問をツイートしていた。

「焙煎している人たちは、どういうことを考えて焙煎しているのかな」

inotweet

何を考えているのか

僕の答えは書いてある通りで、ひたすら「売れるといいなあ」と考えているわけである。

しかし、ただそれだけでは単なる銭ゲバにしか思われないので、このへんを深く掘り下げてみることにする。
ただし、焙煎人の世界というのは小さくて一般化しにくいので、焙煎人の仕事とみなさんがよく知る一般企業(特に製造業)というところで対比させながら説明していこうと思う。

ひとくちに「焙煎」と言っても・・・

予備知識として、仕事で焙煎をするっていうことの話を、焙煎をしていない人に向けてちょっとお話ししておく。

焙煎には大きく分けて三つの役割、というか段階がある。

ひとつ目は、コーヒーの生豆の素材がどういう特性なのか確認するための焙煎。
ふたつ目は、売るためにどういう焙煎が適切かをデザインするための焙煎。
最後に、店頭に並べたり卸先に発送するために業務としてする焙煎。

これを、製薬メーカーがお薬を作ることに例えて考えてみる。
ひとつ目、ここがメーカーで言えば基礎研究の段階である。薬効成分があるものを探し、どういうものにどのくらい効き、どういう副作用がありそうか、素材を徹底的に調べるわけだ。
ふたつ目、いわゆる商品開発である。痛みに効くとして、自社のラインナップから、もしくは他社の競合小商品から、どういうコンセプトで、どういうパッケージで販売していくのが適切かを考える。
みっつ目、ここは製造である。ふたつ目までに決定されたものをスケールアップして、工場で大量生産して市場に送り出す。

ざっくりとした話ではあるが、製薬メーカーに限らず、だいたい、メーカーっていうのはこういうステップでモノを作っているわけである。
そして一人でぜんぶの作業を賄っている焙煎人は、焙煎というものをこういうメーカーがやるようなステップをまるっと一人でやっているのである。

ステップはわかった。で、どうなの

で、製薬メーカーは「どういうことを考えてお薬を作っているのか」ということであるが、これはもう「売るために」作っているわけ。そりゃ、何かの病気を地球上から根絶したいとか、苦しむ人の助けになるようにとか、もっと健康で長生きできるようにとか、想いはいろいろあるでしょう、でもそれが第一義ではないはずで、企業であるからして最も重要な目的はお金儲けであるわけで、どうしたって売れないようなものを作って会社がつぶれちゃったなんてことは、そこにたとえ高邁な目的があるとしてもあってはならないことなのである。
つまるところ、製薬メーカーに限らず、メーカーは、いやいやメーカーに限らず企業とは、お金儲けのためにせっせと日々の業務を粛々とこなしているのである。
そして、日々の業務でちゃーんとお金儲けができているという前提で、より社会に貢献できたり新しい価値観を創造したりという立派なオマケがついてくるようにがんばるわけである。

焙煎人で言えば、きちんと生豆の素性を把握し、自分の店で一番売れそうな焙煎プランを練り、ブレがないようにひたすら焼いて売る、ということである。
もしちゃんと売れてれば、お店は儲かってるわけだから、よし生産地に対して貢献度を上げていこう、とか、まったく新しいコーヒーの楽しみ方を提案していこう、とか、そんなことがついてくるわけである。

売れればいいのか

売れるというのは必要条件ではあるが、もちろん十分条件ではない。
そのほかに、たくさんの要素がある。それはさっき書いた社会的文化的な取り組みだったり、そのほかのたくさんの価値観であったりするわけで。

すべての豆にベストな焙煎を施せば良いのではないかという疑問

焙煎には「ここがベスト」というものがどこかにあるはずだと思っている。
なにをもってベストとするかということはあるが、焙煎人にとって、そのときその素材に対して考え得る最高のポイントというのがどこかに存在することは間違いない。(もちろんそこに到達できるかどうかは別であるが。ある意味、幸せの青い鳥のようなものかも知れないし、アリスが落ちた穴の中の不思議の国みたいなものかも知れない)

そのベストがあるものだと仮定してだが、そこに限りなく近づけていくのが焙煎人の務めではないか、という疑問がある。
常に最高を目指せ、ということである。なぜベストを尽くさないのか、と。

自動車メーカーのラインナップを見れば一目瞭然で、すべての車種に最高の安全性を求めてレーシングカー並みの制動力を持つブレーキシステムを搭載するわけではないし(一部のスポーツカーにはそういうブレーキを搭載するが)、すべての車種に素晴らしく快適な本革のたっぷりとした足元ゆったりの座席を搭載するわけでもない(一部の高級車にはとても素敵な居住空間を提供するが)。

焙煎人であれば、ここがベストかなーというポイントに近づいたとする、その時にこう考えるわけである。「果たしてそれが必要なのか?」
例えば深煎りにするときに、酸をどのくらい残しておくか、ということがある。残っているほうが焙煎としては上等なわけである。しかし自分のとこのラインナップを考えたときに「果たしてその酸は必要なのか?」と考える。もっと酸を抑えていったほうが良いということもある。
例えば浅煎りにするときにとてもマウスフィールがよく滑らかだ、ということがある。しかしマウスフィールをやや荒れ目に仕上げてはっきりした酸をより強いインパクトで感じてもらいたいということもある。
少し焦がし気味にいって深煎りっぽさを演出したいとかなんだとか、いわゆるベストな焙煎とは逆のベクトルに振ることもあるわけだ。

ブランドイメージとプロダクトの一致

昨日、銀座のソニービルに行って「サウンドのプラネタリウム」というショーを見たのだが、このショーのサウンドがハイレゾ音源だったわけである。ハイレゾといえばソニーは、ハイレゾ音源用SDカードなるものを出して物議を醸したが、やっぱりそういうわけのわからないものを出すのがソニーだなという感じである。
ソニーに限らず、強烈な個性を発揮しているメーカーというのは、ファン(信者とも言う)が多い。趣味性の高いものであれば、なおさらである。

コーヒーは、1の素材(生豆)と10人の焙煎人があれば、やはり10通りの焙煎豆ができてこなければダメだろうと思う。パナマのエスメラルダ農園のゲイシャが、どこで飲んでも浅煎りで、いかにもゲイシャフレーバーが全開で、というのでは、やっぱり詰まらないわけで。
その生豆の個性というものと、焙煎人の個性というものが、どっちも生かされるからそこに焙煎というものの価値が生まれるわけで、ひいては焙煎人の価値というものはそこにあると思うのだ。

上の段落書いて一日経ったら話の着地点を見失いました

つまるところ、焙煎をしているときになにを考えているか、というと、焙煎人は芸術家でもなければアイドル(偶像)でもないわけで(ときどきそういう人がいるけど)、結局のところ焙煎した豆がメシのタネであり、それを売ることが生業なわけで、売れるものでないと「おまんまの食い上げ」ということになってしまう。
理想は大事、でも現実はもっと大事。と誰かが言ったが、まさにその通りである。
芸術家やアイドルだったら、もっと違う形で焙煎に取り組むのだろうが、市井のいち焙煎人としては、麻袋で買った生豆がどうやったらちゃんとお金に化けてくれるのか、ということを考えないといけないわけである。それも、第一にそれを考えねばならないのである。

おまけ

SSEの焙煎では、原則として次のような感じで焙煎をキメる(ことが多い)。
基本のラインナップとして、いくつかの産地と焙煎プロファイルを紐づけしたものを配置する。これは通年、銘柄が変わっても同じような雰囲気の豆を用意する。例えば、ブラジルのマーズローストは、ナッツ感と甘味があり、マーズローストにしても酸の印象がきちんと残っているもの、といった具合で、これはブラジルの中で産地が変わっても同じキャラクターになるように銘柄を通年で準備している。そういったポジションがいくつかある。
レギュラーメンバーではないポジションには、面白そうなもの、意外性のあるものなど、通年ではそれを置くことはないのでいくらか冒険をしてみた、というようなものが多い。それらをどう焙煎するかは、全体のバランスを見てということになる。例えば「コスタリカでちょっと面白いのがある、これは紹介したいなあ」というものがあれば、それをどういうプロファイルで焼くか、というのは他の既存の銘柄によるわけで、面白さを表現しつつも他の既存のラインナップを壊さないよう、そして他の豆たちの中で個性を発揮し、意味のあるポジショニングができるようにしてあげる。
さらにコンバートということもときどき考え、うまくコンバートできるなら実施してあげる。例えば、このエチオピアは軽いローストでスタートしたが、季節が移り強めのローストの銘柄を増やしたいと思ったときにコンバートして違う顔を見せてあげることで二度おいしい、みたいなことができそうなら、してあげるのだ。テストローストのときから「いつかコンバートしたい」と思って使い勝手のいい豆を買うこともある。

おまけその2

こないだスーパーに並んでるコーヒー豆見てたら焙煎日が3か月近く前だったよ。POSレジだとかなんだとかでしっかり分析して、ロスの出ないように、過剰在庫にならないように商品を並べてるスーパーですら、コーヒー豆は売れなくて長期在庫になってしまうのねえ。


Published in ビジネス

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