小さな街の駅前の喫茶店が無くなっていく

人口が1万~3万人くらいの町、村というのは日本中にすごくたくさんあると思うのだけど、そのくらいの規模の街の駅前には喫茶店やカフェが無い、という話である。
昔はあったけど今は無いよねとか、作っても続かないよねとか、そもそも作るのが無理じゃないのかなとか、そういう話を、まあそういう場所に住んでる人たちと話をして気が付いたことを書いていく。

(本文は、20代から50代くらいの人たち5人に聞いたことに、僕が調べたことを足して再構成してあります)

なんで無いの?

人口が1万以上の街であれば、もともと駅前に喫茶店が一軒も無かったということはほぼあるまいと思う。少なくとも一軒はあったはずだ。どこの駅前でも昭和40年代~50年代ころに開業したっぽい喫茶店跡が残ってたりするのを見かけたりするだろう。それが今は地方の小さな街の駅前では営業しているところを見かけないということは、店を続けることができなくなり、閉めてしまったということである。
なぜ続かなくなったかというと、基本的にその理由はただ一つである。続くだけの利益が上がらなくなったから、つまり儲からなかったからである。
現代の人口がアンダー3万人の街では、喫茶店やカフェが成立するのは難しいのだろうか。

人口2万人の街でカフェが成立するか推論してみる

まず、日本の平均や大都市部と、地方(それこそ過疎化しているようなところ)の人口で、どう構成が違うのかというのを考えてみる。これがカフェ利用者の数に影響する。
地方というのは、基本的に高齢化している。ちょっと山奥に行けば高齢化率が40%くらいのところがゴロゴロしている。ちなみに東京は全部をならして20%程度だから、大雑把に言って「地方は人口の半分が老人、都心は5人に1人が老人」というくらいの差がある。ちなみに全国平均では25%くらいなので、日本は今、4人に1人が老人ということになる。地方と全国平均では、高齢化率でおよそ2倍の開きがある、と考えていい。

小さな街の駅前で喫茶店は成立するか

大都市や大都市近郊の高齢化率20%台前半というところでは、一軒あたり人口が1万人いればカフェが成立つと言われている。大雑把に街の人口の半分くらいが駅前にアクセスしやすい位置(駅近)に住んでいるとして、2万人の町であれば、駅前人口が1万人というのは妥当なセンだろう。カフェが一軒成立つことになる。
統計によると、一人当たり、一年間にコーヒーを11杯飲むそうである。ならしてコレであるので、1万人いれば11万杯が消費されることになる。それを365で割ると一日当たり300杯。
1万人の街の人が一日に消費するコーヒーは、300杯なんだけど、人口が少ない地方の街というのは、昼間にもっと大きな都市に働きに行く人が多い(そしてそれはコーヒーの消費者の最大派閥である)ので、およそ半分は地元以外で消費されるとすれば1日に150杯。そこに、全国と地方の高齢化率を考慮して更に2分の1にして75杯。75杯売れれば、一軒のカフェまたは喫茶店が十分に成り立つ。つまり、そこそこ小さい(過疎化しているような)街でも計算上、カフェや喫茶店というのは成立すると考えられる。
余談だが、このもとの統計を見ると、1990年頃と比べると、喫茶店/カフェで消費するコーヒーの量が5分の1になっている。ものすごい減りようにびっくりした。そりゃ2000年以前にはどんな小さい駅にも駅前に喫茶店のひとつふたつがあって、それが繁盛してたわけだ。そのころなら、どこの街でも、どんだけ喫茶店があっても、需要のほうが上回ってたろうね。

ところがなぜか成り立たない

人口2万人の地方の街の駅と言えば、その駅を利用するのはほとんどが学生である。電車バスで移動するというのが大変に不便なので、免許の無い学生以外で日常のアシにするというのは考えにくい。なにしろ、1日に30本くらいしか運行しないのだ、朝夕以外だと小一時間待つなんてことがザラにある。そりゃモータリゼーション社会も発達するわ。
さて、そうなると、駅という場所に行く理由が「送りに行く、迎えに行く」ということになり、駅前に商店があろうが喫茶店があろうが、お金を使う大人は車で行き来するだけなので関係無くなってしまう。
駅前で買い物などをする人というのは、いきおい駅周辺に住んでる人ということになるのだが、そこは地方の駅のことだから、そんなに人口が密集していないわけで、たいした人口も無いということになる。まして車社会で少し車で走れば郊外型店舗があり、何でも手に入るとなると、一般的に想定される、駅前だから利用者が多いという駅前立地というメリットは無いように思える。
人口が5万人くらいになると、小さなショッピングモールが出来たりする。10万もいれば都会と変わらない品物が手に入るモールがあるだろう。今の人たちなら、駅前の狭い駐車場に停めて一軒一軒買い物などの用事を片づけていくよりも、ショッピングモールの広い駐車場に停めていっぺんに用を済ませたいだろう。実際、コーヒーを飲む機会と言えばほとんどが車で一時間以内のところにあるショッピングモールの中のチェーン店ということが多い。

大手チェーン店にとって代わられた

近場の喫茶店にとって代わったのがスターバックスを筆頭とした大手チェーン店である。
スターバックスだってほんの10年前までは「呪文みたな言葉でオーダーしなきゃならなくて怖い」って言われてた。10年前のスターバックスは、入りにくい店だったのだ。「あそこで何を注文すればいいかわからない」「自分みたいなのが行くのは場違いじゃないか」「独特の気取った雰囲気があってどうも苦手だ」というよなものだ。
それが今では、誰でも入りやすい、家族連れでも一人でも使いやすい、フレンドリーだし敷居が低いというのがスターバックスになっている。
そして逆に個人店の喫茶店やカフェは、昔のスターバックスのスタイルに逆戻りしている。コーヒー専門店では何を注文していいかわからない、普段スターバックスに行くような自分が行ったらちょっと浮くんじゃないか、いわゆるコーヒー通みたいな人たちや常連がいて居づらい、ということである。
みんなの憩いの場であったはずの街の喫茶店が無くなり、その場はいまスターバックスが担っている。もし街にスターバックスが無ければ車を走らせてスターバックスで憩うのである。今や街の喫茶店やカフェ、コーヒー専門店はみんなの憩いの場としての立場が相当にあやうくなっているのである。

スターバックスを支持する人たち

僕ももちろんスターバックス(やほかのカフェチェーン)を利用する。ただ、僕の場合は、それらチェーン店以外にも個人店や専門店というようなところも利用する。
大都市から離れて、車で気軽に行けるのは中小規模の都市の郊外型チェーン店あるいは小型ショッピングモールの中のチェーン店という小さな街に住んでいる人たちは、どうだろうか。
マジョリティは、恐らくスターバックスのヘビーユーザーである。個人店に行くことはほとんど、無い。個人店に行くという人はマイノリティである。ほとんど同じ生活をしていて、ことコーヒーに関してはそこまで行動が変わるのか、と疑問に思ったのだが、話をよく聞いてみたら、なるほどけっこう違うものだと思った。
個人店に行く人と、スターバックスに行く人には、かなりへだたりがあるようなのだ。

簡単に言うと、個人店に行く人は、個人店に行き慣れている人、スターバックスに行く人はスターバックスに行き慣れている人である。
「え、なにそれ、当たり前のことでしょ」と言うなかれ。ここに鍵があるのである。

ここ30年でスターバックスと個人店がやってきたこと

さきほども書いたが、都会でも10年前までは、田舎では数年前までは、スターバックスは呪文みたいな注文をしなければいけなくて、マックブックを開いてドヤ顔をしなきゃいけない場所だったのだ。それが今や、息子さんの車に乗って1時間ほど離れたショッピングモールのスターバックスに月に一回ほど来るおばあちゃんですら「じゃあスタバで待ってるわ」と一人でスタスタ入っていく。どうしたことだ! 何があったんだ!

何のことはない、スターバックス(やほかのチェーン)が地道にお金と手間をかけて慣れてもらっただけである。人は慣れる。スターバックスにも慣れる。慣れたところには行きやすいものだ。一回、ちゃんと目的のドリンクを注文することができるようになれば、あとは簡単だ。次々に新しいドリンクを試し、カスタマイズし、ロイヤルカスタマーになる。
チェーンというのは、どこか似ているものだ。スターバックスのロイヤルカスタマーは、ドトールにも、タリーズにも、そしてジャンルをまたいでコメダにもどんどん入っていく。そこには「チェーンのお店なら慣れてる、大丈夫」という心理が働いている。

1970~80年、喫茶店の黄金期である。そこから30年、個人店は何をしてきたか。最も大きな出来事というか変化は、数が減ったということである。コーヒー業界に居ながらこれは大変に書いていて耳が痛い(というかキーボードを押している手が痛い)話だが、数が減ったということは、それだけカスタマーを保持できなくなっているということである。1990年頃から台頭してきたチェーンが新規顧客(そして新しい楽しみ方を覚えようという人たち)をどんどん獲得している中、印象としては既存顧客の減少に伴い、業界自体が縮小しているように見える個人店業界である。
最初は都市部で顧客を獲得し、その後地方へとどんどん進出し、ショッピングモール、ロードサイド店舗、果てはガソリンスタンド内に出店など、およそありとあらゆるところにチェーンが進出してくる中、個人店はそれぞれが「個」であるために戦略的な動きなどできるはずもなくどんどん減ってしまい、それによって大変な問題を抱えてしまうことになった。
それは「個人店に慣れてない人がめちゃめちゃたくさんいる」ってことである。そういう人たちは、もちろん、慣れていないのだから個人店には行かない。

個人店が小さな街の駅前で成立するために

さて、個人店にはとっても逆風の吹いているように見える現代カフェ/喫茶店事情であるが、そろそろ個人店の復権の時代がやってきたようだ。
そのためには、個人店も少々、やらねばならないことがある。それは、スターバックスがやったことをそっくりそのまま真似することだ。
つまり「現代のスターバックスのようになる」ことである。

誰でも入りやすい、家族連れでも一人でも使いやすい、フレンドリーだし敷居が低い、これだ。

実は、これは冒頭で書いた、20代から50代の5人に聞いた話から抽出したポイントである。
こんなのがあれば、というポイントがこれらなのだが、そういうところはどこ?って聞くとスターバックスになるわけ。
じゃあ逆にこうじゃないところはどこ?って聞くと、個人店になる。

「常連になれば居心地がいいんだろうけど」
「子供がいると迷惑になるかと思って入れない」
「にぎやかにしたら怒られるんでしょ」
「難しい顔して専門的な話をされる」

行き慣れてない人の印象はこういう感じですよ。冷や汗が出るね。だからマジョリティにそっぽを向かれて斜陽になりつつあるのだと。

スターバックスと同じ土俵で戦っても勝てるワケ

じゃあそれを頑張ったとするよ、それでスターバックスと同じになっても、ネームバリューとかコスト面とかいろいろ諸々で、どうせ勝てるわけないんでしょ、とお思いの読者(あるいは同業者)も多いと思うのだが、そこはそれ、ちゃんと勝機があるわけで、そうでなければこの記事はどういう着地点を目指すんだという話である。

もしスターバックスと同じ土俵で戦ったら、勝てる。絶対に勝てる要素がある。それは「近い」ということだ。

考えてもみて欲しい。なぜ遠くのスターバックスに行くのか。それは「個人店に慣れてなくて、スターバックスには慣れてるから」である。だから遠くのスターバックスまで車を走らせるのである。もしそれが「個人店にもスターバックスにも慣れてる。どっちでもいい」になったら?

なんとしても慣れてもらおう、それが例え不本意だとしても

さすがにサービス業であるからして「オレは人に頭下げてまでコーヒー飲んでもらおうなんて思わんね」などという人は居ないと思うけど、そうでなくても敷居が高いとマジョリティに思われている個人店である、スターバックスより愛想良く新規顧客を勧誘しないといけない。
とにかく慣れてもらわなければ、個人店に来る人は増えない。慣れてもらうには一度は来てもらわないといけない。一度来てもらうためには、個人店はスターバックスと違ってネームバリューやいろんな力が小さいわけだから、そりゃものすごく頑張ってとにかく来てもらう努力をするしかない。
「あそこは初めての人でも行きやすいよ」
「使い勝手がいいよ、一人でも誰かとでも大丈夫」
「感じが良くてまた行きたくなるね」
これだ。これでスターバックスと同じ土俵に乗る。そしてそのエリアの人はだんだん個人店に慣れてゆき、近いというインセンティブが個人店を後押しするようになる。
そして津々浦々、こういう個人店が増えて、個人店に行き慣れている人が増えれば、いずれ少ない人口の駅前にも喫茶店やカフェが戻ってくると思う次第である。

おまけ

この記事を書こうと思ったのは、たまたまこういうエピソードを聞いたからで、ついでにそれを紹介しておきます。

実話であるが、地域に新しく多目的ホールができたそうで、そこに有名な歌手がコンサートに来たって話をひとつ。
誰もが知ってるような超がつくほどの有名な歌手で、めったにナマじゃ見れないその歌手のコンサートだから席は満員、さぞかし盛り上がったろうと思いきや、会場はシーンと静まり返っていたそうだ。なにしろテレビでしか見ない人が目の前にいるもんだから、みんな見るのに必死で、拍手したり盛り上がったりというようなことがお留守になってしまったらしい。そしてまるで盛り上がらずにシーンとした会場を後にしたその歌手は、カンカンに怒って、もう来るもんかと言ったそうだ。

嘘だろ、作り話だろ、と思うなかれ。
慣れてないとはこういうことで、例えば、僕がクラブ(踊るほう)に行ったらキョトンとして何もしないでずーっと立ってるに違いない(たぶん、飲み物のひとつも注文できずにおろおろしているだろう)。そういうことだ。慣れてないというのは、慣れている人が普通にできることができないということではなくて、まったく何もできないということなのだ。
今まで全くスキーのスの字もかかわりのない人生を送ってきた人が、いきなり一人でスキーに行くなんてことは無い。きっと、誰か行ったことがあるよという人を探してその人に連れてってもらって行くはずだ。
慣れてるとか慣れてないとかいうのは、そういうことだ。

おまけ2

長すぎて途中で自分が何書きたいのか何を書いているのかわかんなくなってきた。
次回から、もうちょっと簡潔にまとめます。
自分が迷子になるくらい長文で駄文なのに最後まで読んでいただいてありがとうございました。


One thought on “小さな街の駅前の喫茶店が無くなっていく

  1. ホゼさんこんにちは。

    昭和にどっぷり浸かってきた私ですが、
    駅前の喫茶店やラーメン屋が次々に消えていってしまうことは仕方のないこととは思いつつ、淋しいです。
    時代そのものが居心地良く、
    運良く
    いいタイミングに生まれたことはありがたいです。
    さて、
    私も何書きたいのかわからなくなってきました(笑。。。

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