ハンドピックって何
エチオピアでは、コーヒー豆の品質を表すグレード名にG1だのG2だのと付けている。
G1では、300gの生豆の中に欠点豆が3つ以内ということらしい。4つ以上あれば、G2に格下げ、もっとあればG3、もっともっと悪ければ・・・最悪、G5というグレードまで設定されている。
エチオピア以外にも、欠点豆でグレーディングしている国というのはいくつもある。
それだけ、欠点豆が少ないというのは品質向上に効果があるのだということだ(それは、風味特性の点でも、消費国のバイヤーに対しても、である)。
ところで、最高のグレードであるG1でも300gに最大3個の欠点豆が入っているわけで、それはコーヒー豆というのが工業生産品ではなく農作物、自然が作るものである以上しょうがないことである。生産地では、もちろん品質向上のために(あるいは高く売るために)現地の人たちが非常な手間と時間をかけてハンドピックしている。悪い豆もそうだが、異物が混入しては困るので、人の目と手を使って選別する工程は欠かせないものだ。
そしてそれば日本へ入ってきて、僕らのようなコーヒーを焙煎する人の手に渡ると、今度は僕たちがハンドピックをして、現地でかなり取り除いてもらった欠点豆や異物がまだ残ってないか、目を皿にして探してハジくわけである。
これがハンドピックである。
ハンドピックをするたった二つの理由
ハンドピックというのは、しなきゃしないでいいものである。
世に出回っているインスタントコーヒーを考えてみよう。僕らが扱う素晴らしいコーヒー達と、植物の種としては基本は同じものである「コーヒーの木の種子」を加工したものがインスタントコーヒーであるが、全量ハンドピックしてから加工しているなんてことはないわけで、それで誰かが困ったとかそういう話も聞かない。しなきゃしないでいい(特に誰もおなか痛くなったりしないし、何かの法律に違反するわけでもない)ものである。
ところが、僕のような自家焙煎店ではどうしてもハンドピックをしなければならない理由が二つある。
一つ お客様に飲んではいけないものを飲ませない
一つ お客様のミルを壊さない
これ。
ハンドピックする理由はたった二つだけである。これ以上は後付けだ。
まず、お客様に飲んではいけないものを飲ませない、ということ。
欠点豆といっても、例えば貝殻豆というのは形が違うだけで体に悪いものを含んでいるわけではないので、経口摂取してはならないというもではない。ところが、腐った豆は腐った原因が何なのか、腐る過程で何があったか、腐った結果どのような成分になっているかがわからないので、これは経口摂取したくない。だから腐った豆は取る。または、木片(そんなもの?と思うけど、これが時々入ってるんで面白い)などの異物もそうだ。そもそも飲食用でないものが混入していたら、それは取らねばならん。
口に入るものを売ってる以上、口に入れてはいけないもの(健康に影響がありそうだとか、それは食べ物じゃないよとか、そういうもの)は取り除くほうが良い。
次に、お客様のミルを壊さない、ということ。
僕のお店では一般のお客様もいらっしゃるし、卸売りもしているのでプロのお客様もいらっしゃる。どちらも共通して言えるのは、みんな僕のお店で買った豆をハンドピックしてから飲むなんてことはしていないってこと。ハンドピックフリーで飲めると思って買ってってるし、ハンドピックせずに飲んでいる。ということは、袋からそのままザザザーっとミルに入れいているわけで、もしここに石でも入っていたらミルの刃が欠けてしまう。もし、コーヒーの豆をボリボリ齧るのが好きだとか、コーヒーの豆をそのままお菓子に入れるんだとかで間違って小石が混じってたら、食べた人の歯が欠けちゃう。
間違ってもそんな事態にならないように、異物、よく見るのは小石やコンクリート片、たまにネジを見つけたりするけど、こういうものは、先に取り除いてあげるべきだ。
ハンドピックしてないコーヒー豆はおいしくないと聞くが
僕の店で扱うような素晴らしい原料(生豆)であれば、未ハンドピックのものとハンドピック済みのものを目隠しして飲んだら、どちらがどちらかわからないレベルである場合がほとんどだろう。
カップ一杯分の中に貝殻豆が一粒入っているというのを10回中9回当てられる人がいたら、ぜひ「ジャパンカップテイスターズチャンピオンシップ」に出てください。きっと優勝できます。
ルワンダによく出る「ポテト」や、ブラジルの「リオ」など、カップの風味を著しく損なう有名な欠点豆があるのだが、こういうものは一粒でも入っていたらカップ一杯どころかサーバー一杯分のコーヒーをダメにしてしまうほどである。しかし、そういう欠点豆は極めて稀である。ハンドピックいう作業で取っている豆は、ほとんどが貝殻豆や割れ豆、欠け豆であり、外形こそおかしいが、風味にはほとんど影響をしないものである。
欠点豆の中で、風味に比較的強く影響する未熟豆というのも、僕が扱うようなコーヒー豆ではほとんど見かけないので、確率としては低いと言っていい。
もし、カップクオリティ(カップに入っているコーヒーの風味特性)を向上させたいと思うなら、ハンドピックするよりも、高い豆を買ったほうが簡単だ。例えばの話だが、カップオブエクセレンス(コーヒー豆の品評会)で1位の豆をハンドピックせずに淹れたものと、20位のものをハンドピックして淹れたものを何回も比較しても、そのほとんどの場合は順位は逆転しないはずだ。なぜなら、それらトップグレードのコーヒーの場合、ハンドピックしなくともほとんど、味に強く影響を与える欠点豆は入っていないからだ。トップクオリティの生豆の場合には、ハンドピックで「明らかに繰り返しカップクオリティの変化が判別できる程度に」変わると考えるのは難しい。
おいしくない生豆の場合には、もともと優れた風味特性というわけではないので、ハンドピックしたところで対してたかが知れてるので、これまた、あんまりハンドピックしても変わりない。
ハンドピックしてない店ってあるじゃない、あれどーなの
世の中には、ウチはハンドピックしてません!スペシャルティってのはハンドピックしなくていいんです!などと言ってはばからないお店があるけれども、そういうのどうなの?とはよく質問される話である。
個人的には、ハンドピックしないで済む豆を買えるんだからうらやましい限りである。
現地のハンドピックは、ざっくり言うと、どんだけ人の目が見たか、人の手の下を通ったかで価格が上がると言ってよい。つまり、ラインを一周させると1%ハンドピックされる、ということで、もし10%の欠点豆が入っていても、10周まわせばキレイにハンドピックされるよ!という話で、でも10周させるから高くなるからね!という話である。
すごくきれいな生豆を作ってもらって、それを輸入できるなら、日本でハンドピックすることもないと思う。やってることは同じだからね。
スペシャルティとか言ってて欠点豆だらけのお店があるよ、あれどーなの
はいはい、これもよく聞かれる質問ね。
どーなのって言われてもどーなんでしょーね。
売れてるんならいいんじゃないのかね。もしあなたがどうしても欠点豆が入ってる豆はイヤだ、と思うなら、そこで買わなきゃいいわけです。
じゃあSSEはどうなの
SSEとしては、ハンドピックをしなきゃならないたった二つの理由があるために、全量ハンドピックしている。そして、どうせハンドピックしているのだから、健康で丸々とした豆だけを残し、ちょっとでも欠点ぽかったら、全部はじくことにしている。ワルそうな奴はだいたいゴミ箱、である。
というわけで、SSEの場合は、ビンに入ってる豆(売る用の豆)はかなりキレイだと思う。粒の大きさ、形というのがそろってるのは見てて気持ちがいいし、売るのも心配無いから、きちんと全部取る、ということにしている。
ハンドピックしない理由も考えた
基本、ハンドピックというのは、するほうが良いことである。大根を煮るときに面取りしたほうがいい、というようなことと同じで、やらなくてもいいけどやったほうがいいよね、ということである。
では、なぜスペシャルティコーヒーを扱っていて、ハンドピックをしない(あるいはやっているけれどもややおろそかだ)店があるのか、それを考えてみた。
考えてみたなどと熟考したような書き方だが、実は答えは1秒で出る話で「コストがかかるから」以外には考えられない。
よく考えずとも、ハンドピックは誰かがやるわけで、その誰かは「イヤッホォ!ハンドピックできるなんて最高だぜい!無料でやらせて下さい!」なんて人ではなく、給料を払っている従業員である。それも、日本国内で雇っているわけだから、日本国内の標準的な賃金を払っている従業員である、ということは、生産国に比べると結構な高給取りである。
そんな高給取りだから、ハンドピックよいももっと生産性の高い仕事、あるいはお金が取れる仕事をさせたい、させなきゃというのは経営者なら普通に考えることである。
もう一つは、ハンドピックすれば豆は目減りするってことである。減るってことは収入が減るってことだから、これはあんまりやりたくないなあというのも、はやり経営者なら普通に考えそうな話である。
例えば、時給千円でハンドピック係を雇うとする。ハンドピック係は1時間当たり5キロのハンドピックをこなす。コーヒー豆は、ハンドピックしていない状態よりもハンドピック後のほうが、100gあたり500円を550円に50円値上げできるとする。この場合、経営者はどれくらいトクをするか。
ハンドピック無しで500円単価のまま5キロ分売れると2万5千円である。ハンドピックして値上げしたら2万7千5百円で、値上げ額は2千5百円である。時給千円出してもオツリが来る。と思いきや、ハンドピックすると目減りするので、目減り量が10%だとすると、全部値上げ後の550円で4.5kg売れても2万4千750円、なんと、値上げした分がほぼチャラになってしまう。加えてそこにハンドピック係の時給だ。マイナスになってしまう。
なんということだ!やらないほうがマシだ!と考える経営者がいてもおかしくない。
なにしろ、ハンドピックしているかどうかというのは、豆を買うときに袋入りになってたらわかりゃしないのである。飲む前に袋からトレイに出して豆ヅラを見るなんてお客さんはほぼいないわけで、これまた見ずに挽かれてわからないままだ。
ハンドピックして値上げするというのも現実的にどうなのかなーとも思う。
ハンドピックしていない豆を並べて売ってたところが急に「ハンドピックし始めたんで、原料も焙煎も何もかも全く従前と変わりませんが1割値上げします」って言ったら、なんかお客さんは値上げを納得してくれるのかちょっと不安な気がするなあ。
同じ価格で販売するとして、欠点豆を極力減らしたいとなれば、人を雇ってハンドピックするというよりも、ハンドピックが必要ないほどのクオリティの生豆を買う(そして店ではハンドピックしない)というのがリーズナブルな気もしないでもない。
ハンドピックしない理由、というのもまあ頷ける話ではある。
おまけ
僕の場合であるが、落語を聞きながらハンドピックをすると非常に具合が良い。
まず適度に抑揚のある口調で、速くもなく遅くもなく聞きやすい速度でしゃべってくれるので、注意して聞かなくとも耳に入ってくる。しかし、ある程度聞いてないと、一連の話であるので置いてけぼりになってしまうので、いくらかは耳を傾ける必要がある。この塩梅が大変によろしいようで、ハンドピックが捗るのである。
音楽を聴くと音楽そのものに乗ってしまいハンドピックの速度に影響が出る(ということは速ければ見落としが出るし遅ければ進捗が悪い)。ラジオなどでは意外とせわしなくしゃべるのでおちおちハンドピックをしてられない。かといって無音ではどうにも落ち着かないので何か耳に入ってくるほうがいいなあと思っていろいろ試した結果、ハンドピックは落語に限る、という結論に至った。
世のハンドピック職人の皆さま、ぜひお試しあれ。
ホゼさん、はじめまして!こんにちは!!
川崎方面の同業のもので柴田と申します。
「つなぐ、コーヒーのセレクトショップ」さんのfbでのシェアされた記事を通じてこのブログを拝見しました。
このあたりの問題は日ごろ自分も思うところありで、ホゼさんの見解はとても快活であり感銘&刺激を受けました。
コストは無視できない問題ですが、美味しさの手前の部分で「真っ当なコーヒーを提供したい」思いに嘘は付けないですよね。
ただうちはロースト後にハンドピック行いますが、焙煎前と後とダブルで行う店もありますからね。当然手間賃として価格に跳ね返りますが。
いっそ「ハンドピックなし」「ハンドピック済み」と2種類を価格差を付けて売ってみるか?と思った事もありますけども(笑)。
ともあれ「誠実な」姿勢のお店がもっと増えて行って欲しいと思う今日この頃です。
柴田様こんにちは!
二回に分けて、品質とコストという面からハンドピックを考えてみましたが、多くのコーヒー屋さんはそれでも美味しいほうが良いと思ってコストをかけてハンドピックをしているのでしょう。
素晴らしいことだと思います。
実際にハンドピックすると、かなり面倒な作業ですから、誰もやりたいわけじゃないと思うんですよね。しかしそこは「コーヒー屋の心意気」みたいなものでしょうか、よそのコーヒー屋さんできれいにハンドピックしてある豆を見るとうれしくなります。
そういうコーヒー屋さんがもっと増えるといいですね!